退職面談で、本音が出ることは稀だ。
エン・ジャパンの調査(2024年調査、脚注1)によれば、退職時に「会社に伝えなかった本当の退職理由がある」と答えた人は半数以上にのぼる。
伝えなかった理由で多かったのは、「話しても理解してもらえないと思ったから」(46%)。
退職者はすでに、組織への期待を手放した状態で面談の場に臨んでいる。

それでも、丁寧に時間をかけて話を聞いていくと、ぽろりとこぼれてくる言葉がある。
「……正直、上司との関係が、しんどくて」
「あの人みたいには、なりたくなくて」
この言葉を受け取ったとき、人事は何をすべきか。そして何ができるのか。
本稿では多くの企業人事が直面するこの問いに、構造から考えていく。
第1章|なぜ若手は「静かに」組織を去るのか
離職は「事件」ではなく「プロセス」だ。
ある日突然、退職届が出てくるわけではない。
小さな失望が積み重なり、ある限界を超えたとき、人は組織を去る決意をする。

HR総研の調査によれば、若手社員の離職理由の上位3位は企業規模を問わず、「業務内容のミスマッチ」「待遇」「上司との人間関係」で一致している(脚注2)。「上司との関係」が問題の表層にある、という認識は正しい。
しかし、そこで思考を止めてしまうと、個人を悪者にするだけで構造は変わらない。若手が静かに離れていくプロセスを深く理解するために、原因を3つのレイヤーに分けて整理したい。
【表層の原因】上司の言動

若手が「あの上司みたいになりたくない」と感じる瞬間は、いくつかのシーンに集約される。
ミスをした部下を人前で叱責する
相談を「忙しい」と一言で切り捨てる
部下の手柄を自分のものにする。あるいはその逆——何も教えず、何もフィードバックしない、無関心な上司
見落とされがちなのが、「明らかに仕事ができない上司」だ。
優先順位の判断が鈍い、会議で的外れな発言を繰り返す、部下に丸投げしながら何も決められない。そういう姿を毎日見ている若手は、「自分の成長がここで止まる」と静かに確信する。怒鳴られるより、ある意味でこちらのほうが深刻かもしれない。
【中層の原因】「10年後の自分」という心理的フィルター
今の若手の多くは、「上司=10年後の自分」という視点で上司を見ている。
これは必ずしも意識的なものではない。ただ、「この人が自分の10年後だとしたら」というフィルターで上司を観察している若手は、実はとても多い。だから、上司への失望は、上司個人への不満で終わらない。

「この会社で10年働いたら、ああなるのか」
そういう感覚が生まれた瞬間、それは上司への失望を超え、組織そのものへの絶望に変わる。若手が静かに出口を探し始めるのは、往々にしてこのタイミングだ。
【構造的原因】「ダメな上司」を再生産する仕組み
最も見過ごされているのが、この第3のレイヤーだ。
若手が嫌った「あの上司」も、かつては組織が育て、評価し、昇進させた人材である。問題は、その評価・昇進の基準が「部下を育てる力」ではなく「個人の成果」に置かれていることが多い点だ。プレイヤーとして優秀だった人が管理職になり、マネジメントの素養も機会も与えられないまま、現場に置かれる。
その結果、若手が「なりたくない」と思う上司が、組織の中で再生産され続ける。
この構造にメスを入れない限り、次の若手も、また同じ理由で辞めていく。
第2章|若手が本当に求めているもの——「成長」と「承認」
構造的原因を踏まえたうえで、若手が何を求めているかを確認しておきたい。
「この会社で定年まで働く」というビジョンを持つ若手は、今や少数派だ。終身雇用が事実上の終わりを迎え、転職が当たり前になっている今の時代、彼ら・彼女たちが真剣に考えているのは、「この会社にいて、自分は成長できているか」という問いだ。

給与水準も大事ではあるが、それよりも、スキルが身につくかどうか。目の前の安定よりも、キャリアの選択肢が広がるかどうか。そういう軸で、日々の仕事を評価している。だからこそ、上司を「可能性のあるロールモデル」として見られるかどうかは、その組織で働き続るかいなかの判断軸になる。「あの人みたいになりたい」という感情は、単なるあこがれではない。逆にその感情が「なりたくない」に反転したとき、それは退職へのカウントダウンの始まりである。
もうひとつ、若手が強く求めているのが「承認」だ。ここで言う承認は、ほめることではない。「ちゃんと見てくれている」という感覚だ。リクルートマネジメントソリューションズの調査(2023年、脚注3)でも、若手が悩みを打ち明けやすい人として「普段から自分の人間性や価値観を認めてくれていると感じる人」(25.5%)が上位に挙がっており、若手が上司に求めているのは「仕事力」と「人としての信頼」の両方だとわかる。
「なりたい姿が見えない」「見てもらえていない」。
この二つが重なったとき、若手の心は静かに組織から離れていく。
第3章|人事にできること——3つのレイヤーに対応した処方箋

第1章で整理した3つの原因には、それぞれ対応する処方箋がある。
処方箋①:早期検知——表層の変化を見逃さない
退職の意思が固まってからでは、引き留めはほぼ難しい。
大切なのは「しんどくなり始めた段階」で気づけるかどうかだ。
エンゲージメントサーベイの定期実施、1on1の仕組み化、パルスサーベイの導入。こうした手段は、若手の本音を可視化するためのツールになる。
ただし数字を取るだけでは意味がない。ポイントは、サーベイ結果を管理職にフィードバックする仕組みにすることだ。自分のチームのスコアを可視化されたマネジャーは、指摘されなくても自発的に行動を変え始めるケースが多い。「結果を誰が、何のために、どう使うか」まで設計して初めて、サーベイは機能する。
処方箋②:マネジャー育成——「孤立した管理職」をつくらない
「ダメな上司」の多くは、悪意ばかりがあるとは限らない。
部下との関わり方がわからない、フィードバックの仕方がわからない、1on1で何を話せばいいかわからない。
そもそもマネージャーとして求められる知識や知見がない——そういうマネジャーは、意外なほど多い。
マネジャーが孤立しないための環境設計が必要だ。
具体的には、マネジメントスキルに特化した研修の定期実施、360度評価によるフィードバック機会の設計、同じ役職者同士が悩みを共有できるコミュニティの場づくりがある。
特に重要なのが「昇進基準の見直し」だ。プレイヤーとしての成果だけで管理職を選ぶ仕組みになっていないか。評価項目に「部下の成長支援」「心理的安全性の醸成」といった観点が含まれているか。ここを変えることが、ダメな上司の再生産という構造的問題への、最も直接的な介入になる。
処方箋③:ロールモデルの可視化——「なりたい姿」を組織に増やす
若手が「あの上司みたいになりたくない」と思う背景には、「なりたい上司像」が社内に見当たらないという問題がある。
組織の中にいる「良いマネジャー」を可視化し、ロールモデルとして共有することは、人事にできる大切な仕事だ。社内報・イントラでのインタビュー発信、メンタリング制度の設計、若手が様々な部署の人と接点を持てる越境機会の提供。こうした取り組みが、じわじわと組織の文化を変えていく。
「なりたくない」という感情は、「なりたい」の不在から生まれる。その不在を埋めることが、離職を構造から減らす。
第4章|今日から始められること——「顔の見える人事」として

制度設計は重要だ。しかし現場の人事1人の力では、今日明日で変えられることではない。
一方、人事個人として、明日から変えられることもある。
一つ試してほしいことがある。入社1年目の若手社員、1人と10分話してみる。
「最近どう?」「何か困ってることある?」——それだけでいい。
制度やサーベイの数字からは見えない情報が、そこに現れることがある。ある組織では、人事担当者が若手との定期的な非公式ヒアリングを始めたことで、特定のチームメンバーが追い詰められているという情報をいち早くキャッチし、マネジャーと連携して対処できた例がある。
人事が若手と定期的に話す機会を持つことは、「現場への干渉」ではなく「若手への投資」だ。「顔の見える人事」であることが、現場とのパイプラインをつくり、問題が深刻化する前に動ける土台になる。
おわりに|「なりたい上司」を増やすことが、人事の仕事
「あの上司みたいになりたくない」という言葉は、その上司個人への失望ではなく、組織全体へのメッセージだ。
まずはその言葉を人事が受け取って、構造を変えていく。表層の言動を早期に検知し、マネジャーを孤立させず育て、評価・昇進の基準を見直し、「なりたい姿」を組織の中に増やしていく。どれも地味な積み重ねだが、その積み重ねが確実に、「なりたくない上司」を減らし、「ここで働き続けたい」と思える職場をつくっていく。
そして、その変化がいつか「あの会社で働いてよかった」という言葉につながる。
人事の仕事は、現場から始まる。
(引用)
脚注1:エン・ジャパン「本当の退職理由」調査(2024年、5,168名) :https://corp.en-japan.com/newsrelease/2024/38267.html
脚注2:HR総研「若手社員の離職防止とオンボーディング」調査:https://www.hrpro.co.jp/research_detail.php?r_no=395
脚注3:リクルートマネジメントソリューションズ:https://www.recruit-ms.co.jp/news/pressrelease/0000000417/


