推せる職場ラボの上林です。
前回は、未完成な職場のもつ可能性と、そこで従業員の成長意欲を引き出すための仕組みについてまとめてきました。その中でもリーダーの在り方が重要な中で、今回は心理的所有感と深く関わる「シェアド・リーダーシップ(Shared Leadership)」という概念についてまとめたいと思います。
シェアド・リーダーシップとは?
シェアド・リーダーシップとは、組織内の特定のリーダーに依存するのではなく、メンバー全員がリーダーシップを分担し、必要に応じてリーダーシップを発揮するリーダーシップスタイルです。
メンバーがそれぞれの強みを発揮し、状況に応じてリーダーシップを交代することで、組織全体が柔軟に対応できるようになります。
「リーダーシップ・シフト 全員活躍チームをつくるシェアド・リーダーシップ」(堀尾 志保 (著), 中原 淳 (著))では、以下のような図で表現しています。
参考:http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/15797
| これまでのリーダーシップの前提 | シェアド・リーダーシップ の特徴 | |
| 発揮する人 | 一人の公式リーダー | 複数のメンバー |
| 発揮主体の単位 | 個人 | チーム |
| 発揮の分布 | 集中 | 分散 |
| 発揮される方向 | 垂直方向 | 水平方向 |
| 影響の結果 | 予定調和 | 創発的 |
変化が激しい外部環境の中で、臨機応変にイノベーティブに進めて行くためには、一人の公式リーダーだけで担うのは難しく、分散して、水平方向に力を発揮していくことが大事だという考え方です。
例えば、プロジェクトにおいて、技術的な課題に直面した際は技術に詳しいメンバーがリーダーシップを取る一方で、顧客対応が求められる場面では、顧客理解に優れたメンバーがリードします。
このように、シェアド・リーダーシップはメンバー全員がリーダーシップの担い手になれる環境を整えることで、組織の成長と柔軟な対応力を高めます。
シェアド・リーダーシップと他のリーダーシップスタイルの比較
シェアド・リーダーシップを他のリーダーシップスタイルと比較すると、その特徴がより明確になります。
トランザクショナル・リーダーシップとの違い
トランザクショナル・リーダーシップとは、リーダーが指示を出し、従業員がそれに従うという形で成果を上げるスタイルです。これは短期的な目標達成には有効ですが、メンバーが自ら考えて行動する余地が少なく、心理的所有感が醸成されにくい傾向があります。
一方、シェアド・リーダーシップでは、メンバー自身が課題に対して解決策を提案し、リーダーシップを発揮するため、メンバーが「自分ごと感」を持ちやすく、主体的に業務に関わる姿勢が生まれます。
トランスフォーメーショナル・リーダーシップとの違い
トランスフォーメーショナル・リーダーシップは変革型リーダーシップとも言われますが、リーダーがビジョンを示し、メンバーを鼓舞して組織変革を進めるスタイルです。これはメンバーのモチベーションを高める効果がありますが、リーダーの存在に強く依存するため、リーダー不在時の自主性が欠ける場合があります。
これに対し、シェアド・リーダーシップでは、ビジョンの共有は全員が担い、メンバー同士での影響力を高め合います。これにより、リーダー不在でもメンバー間での協力と意思決定が円滑に進む体制が作られます。
緊急事態で指示命令が重要な時は、トランザクショナル・リーダーシップの方が効果的な可能性が高く、組織全体を大きく変革するときは、トランスフォーメーショナル・リーダーシップの方が効果的な可能性が高く、シェアド・リーダーシップは比較的平時に適しているスタイルとも言えます。
また、違う観点として、「メンバー全員がリーダーシップを分担し、必要に応じてリーダーシップを発揮するリーダーシップスタイル」と聞くと、従来から分野ごとに役割分担してリーダーを置いていたが、それと何が違うのか、と疑問を感じる人もいます。
違いとしては、例えば、従来の役割分担の場合、営業関連は営業部門の山田氏がリードし、技術部門のことは田中氏がリードし、原則その範囲で責任を持ってリードする形となります。
一方で、シェアド・リーダーシップの場合は、営業プロセスの中で顧客から出た課題が、技術部門の田中氏が詳しかった場合、営業関連の推進役割であったとしても、田中氏が全体をリードするというイメージとなります。
前者が、最初に分解して役割を明確にすることで迅速な意思決定を行えるのに対して、後者のシェアド・リーダーシップは、役割の柔軟さがあるがスピード感では遅くなる可能性があるというのが特徴です。代わりに、全体の情報がシェアされ、特に誰がどんな強みがあるのかがシェアされるので、心理的所有感が高まりやすくなります。
シェアド・リーダーシップを発揮することが難しい理由
シェアド・リーダーシップのイメージが明らかになってきた中で、実際には導入が難しい場合があります。その理由は次の通りです。
権限移譲の難しさ
従来のトップダウン型のリーダーシップに慣れているリーダーにとって、権限をメンバーに移譲することは簡単ではありません。特に、失敗を恐れるリーダーは、自らすべてを管理しようとする傾向が強くなりがちです。
具体的な難しさとして1つ目は、状況に応じて異なるメンバーがリーダーシップを取るため、重要な意思決定の際に意見が分かれる点があります。
合意を得るまでに時間がかかり、迅速な意思決定が難しくなる場合があるため、特にスピードが求められるプロジェクトでは非効率的になる可能性があります。
2つ目は、リーダーシップがチーム全体で分担されると、誰が最終的な責任を持つのかが曖昧になりやすい点です。
明確なリーダーがいないと、問題が発生した際に責任の所在が不明確になり、「責任の押し付け合い」や「自分には関係ない」という認識が広がってしまうリスクもあります。
3つ目は、メンバーが自律的にリーダーシップを発揮できる反面、方向性が統一されにくい点です。
異なるメンバーが異なるビジョンを持ってリーダーシップを発揮することで、チームの目標やアプローチにズレが生じ、プロジェクトの一貫性が失われる可能性があります。
信頼関係構築時間とコミュニケーションの煩雑さ
メンバーが互いに信頼し合う関係を築くには時間がかかります。シェアド・リーダーシップは、メンバー同士が自分の役割を尊重し合い、信頼を基にリーダーシップを交代し合うため、信頼関係が不十分だと、メンバーがリーダーシップを発揮するのが難しくなります。
特にメンバーが多い場合、コミュニケーションが煩雑化し、連携不足や混乱が生じることもあります。
個人のエゴや競争意識
メンバーが一体となって目標に向かう姿勢が求められますが、個々のメンバーが自身の功績や評価を重視しすぎる場合、協力する姿勢が失われることがあります。これにより、リーダーシップが固定化されることにより、シェアド・リーダーシップが形骸化してしまい、単なる「分担作業」や「トップダウン型の変形」に陥る可能性があります。
また、メンバーの中にはリーダーシップスキルや経験が十分でない人もいます。
その結果、リーダーシップの発揮に対して消極的になり、チームとしてのパフォーマンスが低下する場合があります。
シェアド・リーダーシップを発揮するプロセス
シェアド・リーダーシップを発揮する組織を作るためには、段階的にチームメンバーの意識や行動を変えていく必要があります。以下は、具体的なステップとなります。
チーム全体で共通目標を設定し、共有する
まず、チーム全員が目指す共通の目標を明確にすることが必要です。
シェアド・リーダーシップでは、メンバーが主体的に動けるように、共通のビジョンや方向性をしっかりと共有することが欠かせません。
メンバーの得意分野と役割を明確にする
シェアド・リーダーシップを実現するには、各メンバーの得意分野を活かして役割を分担し、それぞれがリーダーシップを発揮しやすい状況を整えることが大切です。
リーダーシップを発揮するための基本ルールを設定する
自由度があるシェアド・リーダーシップでは、メンバー間でリーダーシップを交代する際に混乱を防ぐための基本ルールが必要です。
例えば、「大きな意思決定は関連メンバーが相談して決める」など、意見の調整方法を明確にしておきます。
定期的なミーティングで進捗と方向性を確認する
シェアド・リーダーシップでは、各メンバーがリーダーシップを発揮する場面が流動的に変わるため、進捗と方向性を定期的に確認し、チームの一体感を維持することが重要です。
信頼関係を深めるためのフィードバックと称賛を積極的に行う
シェアド・リーダーシップでは、メンバーが互いに信頼し、自由にリーダーシップを発揮できる環境を整えるために、フィードバックと称賛が重要です。
お互いの取り組みに対して認め合い、感謝の言葉をかけることで、信頼感が育まれます。
振り返りの場を設け、改善点を見つける
プロジェクトの区切りごとに振り返りを行い、シェアド・リーダーシップがどう機能したか、改善できる点を見つけて次のプロジェクトに活かします。
これはシェアド・リーダーシップを定着させるための大切なステップです。
全体を通じて、メンバー同士の信頼関係が高く、皆で共有しながら進めて行くことが大事です。
シェアド・リーダーシップに向いている職場
さて、ここまでシェアド・リーダーシップについてまとめてみましたが、すべての職場に適しているかというとそうではありません。特に向いているのは以下のような職場です。
イノベーションや創造性が求められる企業
シェアド・リーダーシップは、技術革新が激しいIT企業やスタートアップ、クリエイティブ分野の企業など、革新性や創造力が求められる業界に適しています。
こうした業界では、チーム全体でリーダーシップを分担することで、より新しいアイデアが生まれやすくなります。
プロジェクトベースで業務を進める企業
プロジェクトごとにメンバーが変わることが多い企業や、プロジェクト型の業務が主流のコンサルティング会社などにも適しています。
各プロジェクトでメンバーがリーダーシップをシェアすることで、プロジェクトごとに異なる専門知識を活かし、柔軟に進行できます。
柔軟性が重視される環境でのビジネス
変化が早く、予測が難しい市場でビジネスを展開している企業、例えばベンチャー企業やデジタル分野の企業では、従来の固定的なリーダーシップよりも、シェアド・リーダーシップの柔軟性が大きな強みになります。
成長志向が強く、チームの自己成長を重視する企業
社員一人ひとりの成長と組織の成長を同時に目指す企業には特に適しています。
教育機会や研修を多く提供するような企業では、シェアド・リーダーシップの環境でメンバーが主体的にリーダーシップを経験できることで、社員の自己成長が組織の成長と直結します。
一人ひとりが自律し、変化対応が強く求められる場合に機能しやすいと言えます。
シェアド・リーダーシップと心理的所有感の相互作用
シェアド・リーダーシップは、心理的所有感と密接に関連しています。
リーダーシップがシェアされる環境では、メンバーが自分の意見やアイデアを反映しやすくなるため、自分の仕事に対する「自分ごと感」が高まります。これにより、心理的所有感が育まれ、仕事に対する責任感や情熱が向上します。
シェアド・リーダーシップを導入することで、メンバーは自らの成長を実感しやすくなり、組織全体のパフォーマンスが向上します。シェアド・リーダーシップと心理的所有感の関係を理解し、導入に向けて小さな一歩から始めることが、持続的な組織成長のための鍵となります。
次回は、チーム全体で同じ方向を向くために、「心理的所有感を高める職場ビジョンの作り方」についてまとめてみたいと思います。

株式会社NEWONE 代表取締役社長
上林 周平
大阪大学人間科学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。
2002年、(株)シェイク入社。企業研修事業の立ち上げ、商品開発責任者として、プログラム開発に従事。新人~経営層までファシリテーターを実施。2015年、代表取締役に就任。
2017年9月、株式会社NEWONEを設立。2022年7月に、「人的資本の活かしかた 組織を変えるリーダーの教科書」を出版。
