パーパスを組織で機能させるには?リフレクションと対話を軸に、多様性やエンゲージメントと結びつく実践のヒントを熊平美香氏に伺いました。
今回、推せる職場ラボのインタビューでお話を伺うのは、熊平美香氏です。
熊平氏はビジネスや教育の領域など多方面で活躍されており「リフレクション 自分とチームの成長を加速させる内省の技術」、「ダイアローグ 対話の技術」 (ディスカヴアー・トウエンティワン)などの著書をご存知の方も多いかもしれません。
今回は、近年多くの企業や組織でも推進の動きが広がる「パーパス経営」を大きなテーマとして、それが絵に描いた餅に終わらず、チームや組織に浸透し、機能していくために必要なポイントは何か、熊平氏の専門領域であるリフレクションや対話の視点も織り交ぜながら紐解いていきます。
そしてパーパス経営と「推せる職場」に欠かせないエンゲージメントや、働きがいの繋がりについても改めて考える機会にしたいと思います。
パーパスにはどのような力があるのか?
本日はよろしくお願いします。まずパーパス経営や浸透の動きが広がってきた背景を、熊平さんはどのようにお考えでしょうか?
熊平氏:これからは売り上げと利益だけを追求する企業は存続できないことに多くの人が気づき始め、企業の存在する理由は何かということに立ち返る中で、目指したい姿としてのビジョンだけでなく、パーパスが大事になってきたと思います。
例えば、ティール組織のような自律分散型の組織では「上司はいないが、パーパスがボス(上司)になる」と言われることもあるように、新しい組織のあり方を目指す時に、パーパスは推進力になると思います。
パーパスの文脈で多様性の話をすることも多いですが、それぞれが自律した多様性をマネージ(管理)することには限界があり、パーパスで統合していくことによって、強い組織になっていくと思います。
図1:熊平氏提供資料「多様性を活かすカルチャーへのシフト」(出典:一般財団法人21世紀学び研究所)
改めて、なぜパーパス経営や浸透を行うのか、組織のあり方も含めたWHYが大事になってきますね。熊平さんは、どんなパーパスに魅力を感じますか?
熊平氏:私もパーパスについての本を沢山読みましたが、好きだったのはマイクロソフトの事例です。
マイクロソフトも結構上手くいかない低迷期があって、サティア・ナデラさんという方が改革をされましたが、今は「地球上の全ての人と全ての組織が、より多くのことを達成できるように力を与える」ことをパーパスとして掲げています。普通のように見えて、究極的だと思います。
私が共感したのは「私たちの文脈では、テクノロジーが次々と出ては消え、戦略も出ては消える。でも自分をどうアンカーするか、自分をその場につなぎ止める紐が必要で、それがパーパスなのだ」という彼(ナデラ氏)の言葉です。つまりパーパスはパッションでもあると私の中では納得しています。
図2:熊平氏提供資料「パーパス・ビジョン・バリューとは」(出典:一般財団法人21世紀学び研究所)
なぜパーパスは組織に浸透しないのか?
パーパス経営が広がってきた一方で、組織に浸透せず形骸化するケースも多く見られます。どのような要因があると思われますか?
熊平氏:まずパーパスが自分にとってどんな意味があるのか、紐付けるためのリフレクションができていないと、共感も生まれず、多くの人にとって「パーパスは自分に関係のないもの」となってしまいます。
指示命令ではなく、1人ひとりがリフレクションする過程で、それがなぜ大事なのかを語れる状態になることが重要であり、そのためには組織のリーダーを起点とした対話が欠かせません。
一方、今は組織のリーダーがパーパスやビジョンを語ってもメンバーの心が動いていないという現状も多く見られます。多くの組織で、従来のような目標管理型のマネジメントはできる一方、周囲に影響力を発揮していくようなリーダーシップを意識的に発揮できる人が少ない状況で、これもパーパスが浸透しない要因であるかもしれません。
図3:熊平氏提供資料「マネジメント&リーダーシップ」(出典:一般財団法人21世紀学び研究所)
熊平氏:そして仕事へのブレイクダウンができない人も多いと思います。つまりパーパスには共感するけれど、それが日々の仕事とどう繋がっているか、ブレイクダウンして自分の行動に結びつけていくことができないと、パーパスが機能せず、日々の仕事の働きがいも生まれません。
もう少し目線を上げると、パーパスが企業の経営戦略と繋がっているか怪しいケースがあり、経営層がパーパス策定にあたって一貫性を持てていないという課題もあります。経営者が全体像を意識できていないパーパス浸透は上手くいきません。
個人と組織のパーパスを繋ぐためには?
経営層、部課長などの管理職層の動きがポイントになりそうですね。
現状は課題も多い中で、どのような取り組みを進めていくことが必要でしょうか?
熊平氏:まず土台としては、対話とリフレクション(自己内省)です。例えば認知の4点セット(意見、経験、感情、価値観)のフレームワークを活用して日々の仕事を振り返り、どんな時に自分は感情が動いたか、それは具体的にどんな経験だったのか、そこから見えてくる自分の価値観(大切にしている判断基準)は何かを考える機会や習慣が必要です。
そうすることで会社のパーパスは自分にどんな関係があるかという繋がりを考えることができ、エンゲージメントが生まれるようになります。
また別のアプローチとしては、課題や違和感から考える方法もあります。何が満たされていないかという不満から、逆に自分は何を大事にしているか、願っているかということが見えてくる場合もあり、そこに価値観が現れてきます。
パーパス経営やダイバーシティの推進においては、見えやすい意見の違いではなく、その背景にある価値観の違いに着目しながら粘り強く対話を重ね、相互理解と合意形成をしていくことが重要であると思います。
図4:熊平氏提供資料「合意形成のために」(出典:一般財団法人21世紀学び研究所)
熊平氏:そして、この認知の4点セットはリーダーや管理職がパーパスやビジョンを語り、メンバーと対話する時にも活用することができます。
例えば、会社のパーパスについて、管理職として自分はどのような意見や考えを持っており、どのような点に共感しているのか、その背景にはどのような経験や感情があり、自分自身はどのような価値観を大切にしているのか、これをストーリーとして語ることができれば、メンバーの共感を引き出すことに繋がると思います。
たしかに管理職のストーリーから、メンバーも自分とパーパスの繋げ方をイメージでき、「認知の4点セット」を組織の共通言語として使うこともできそうですね。
そうですね。やはり組織で影響力を発揮しているリーダーには自分の言葉と存在感があり、それが周囲を動かす力にもなっていると思います。
パーパスやビジョンも、自分にとっての意味づけは1人ひとり違うので、そのような前提を持ちながら、管理職がマネジメントだけでなく、リーダーシップを発揮していくことが大切です。
熊平美香氏(写真左)/ 推せる職場ラボ研究員 山野靖暁(写真右)
これからのパーパス経営とは?
最後に、熊平さんがパーパス経営の文脈で、今後力を入れていきたいこと、大切にしていきたいことをお聞かせ下さい。
熊平氏:私が今関わっている企業や組織では、一貫性がある状態で物事が動いていくことを支援する姿勢は大切にしています。
先ほども少し触れましたが、経営レベルで考えた時、個別の取り組みが分散して統合ができていないと、結局誰も本気にならず、パーパス浸透もエンゲージメント向上も担当者だけの仕事になってしまいます。実際に、そういうことが起きていると思います。
結局パーパスを浸透させるためには、組織のあり方、リーダーの育成方法を変える必要があり、そうすると人事制度にも手を入れていかないといけない。やはりあらゆることが繋がっているので、経営者が全体像をシステム思考のような視点で統合しながら捉えられているかどうか、その点もパーパス経営や浸透の鍵になると思います。
そして少し話が逸れるかもしれませんが、特に日本の企業では、経営レベルの方が同じ会社でずっと働いてきて、自分の会社の強みを客観的に認識できていないことも多くあります。
私としては、外の視点から見えることを一生懸命見出して言語化し、お伝えしていくことを意識していますが、その上でこれまでの強みを残すのか、それとも変えていくのか、という議論が必要です。
今日この話をしながら、経営者の方に対してパーパス経営の全体像を説明し、一緒に対話をしていくパッケージをつくることができるかもしれないと思いました。
改めて一貫性がキーワードになりそうですね。私にとっても大変深い学びの時間となりました。本日はどうもありがとうございました。
<熊平美香氏プロフィール>
ハーバード大学経営大学院でMBAを取得後、金融機関金庫設備の熊平製作所・取締役経営企画室長などを務めたのち、日本マクドナルド創業者・藤田田に弟子入りし、新規事業立ち上げや人材教育の事業に携わる。 独立し、株式会社エイテッククマヒラを設立。GEの「学習する組織」のリーダー養成プログラム開発者と協働し、学習する組織論に基づくリーダーシップ、チームビルディング、組織開発を軸にコンサルティング活動を開始。昭和女子大学ダイバーシティ推進機構キャリアカレッジでは、会員企業40社の女性活躍推進、働き方改革の支援を行う。クマヒラセキュリティ財団 代表理事、Learning for All 副代表理事、未来教育会議代表なども務め、教育改革の促進、社会起業家の育成、教育格差是正など幅広い分野で活動。2015年、株式会社ライフルと共働し21世紀学び研究所を設立し、企業と共にニッポンの「学ぶ力」を育てる取り組みを開始。同研究所では、経済産業省が2018年に改定した社会人基礎力の中に、リフレクションを盛り込む提案を行った。オランダのシチズンシップ教育ピースフルスクールを、子ども園や小学校に導入する支援も行う。
書籍
「リフレクション 自分とチームの成長を加速させる内省の技術」(ディスカヴアー・トウエンティワン)
「ダイアローグ 対話の技術」 (ディスカヴアー・トウエンティワン)

- 山野 靖暁
- 東京藝術大学大学院美術研究科修士。
大学卒業後、(株)シェイクにて企業の人材育成や組織開発のコンサルティングに従事。
その後、島根県海士町で地方創生や教育事業を推進。
現在はコミュニティデザイン・マネジメント領域の研究を行いながら、
国内外で企業や大学連携のプロジェクトを手がけている。
