「うちの会社、リーダー育成やってます」
そう言う企業は、いま少なくありません。
ただ、少し掘り下げてみると、こんな実態が見えてくることも多いのではないでしょうか。
「対象は管理職以上」
「役職者向けのMBO研修だけ」
「将来の幹部候補を選抜して実施するプログラム」
“リーダーシップ開発”という言葉には、どこか「上の人のためのもの」というイメージが根強くあります。
けれど今、その前提そのものが見直され始めています。
米国の人材開発専門団体である Association for Talent Development(ATD)が実施した大規模調査では、人材開発担当者214名、C-suiteエグゼクティブ(経営層)104名、そして1,035名の現役ビジネスパーソンを対象に、リーダーシップ開発の現状と効果が調査されました。
そこから見えてきたのは、「一部のリーダーを育てる組織」よりも、「全員がリーダーシップを持つ組織」のほうが、変化に強く、しなやかだという事実でした。
「リーダーシップは肩書きじゃない」——経営層の75%がそう考えている
調査によると、全社員へのリーダーシップ開発を「高い優先事項」と位置づけているのは、エグゼクティブ(経営層)の75%。これは、HR・人材開発担当者(59%)を上回る数字です。
つまり、経営の最前線にいる人たちほど、「リーダーシップとは役職ではなく、日々の行動や姿勢のことだ」と感じているとも言えます。
実際、調査ではこんな声も紹介されています(意訳)。
「リーダーシップは肩書の問題じゃない。私たちは全員、何らかの意味でリーダーだ。影響力を持ち、オーナーシップを持ち、周囲に良い影響を与えること——それがリーダーシップの本質だ。」
また、別の回答者はこう語っています。
「コミュニケーションや感情知性、批判的思考は、どんな仕事にも活きるスキル。役職に関係なく、誰もが伸ばせるし、その結果として仕事の満足度や幸福感も高まっていく。」
これは単なる“理想論”ではありません。
日々、組織の意思決定をしている人たちが、現場感覚として実感していることです。
でも現実は? 全社員を対象にしている組織は「半数以下」
一方で、理想と現実の間には、まだ大きなギャップがあります。
全社員を対象としたリーダーシップ開発を実施している組織は、調査ではわずか47%。
つまり、多くの企業が「大切だとは思っている。でも、実現しきれていない」という状態にあります。
その最大の理由として挙がったのが、「予算と人手の制約」でした。
「本来はすべての社員にリーダーシップスキルを身につけてほしい。でも現実的には、現在の管理職育成で手いっぱい。将来のリーダー候補向けの小規模プログラムを実施するので精いっぱいだ。」(意訳)
この感覚に、共感する人事・育成担当者の方も多いのではないでしょうか。
ただ、ここで大切なのは、「リーダーシップ開発=大規模で高コストな研修」ではない、という視点です。
組織開発の専門家たちは、メンターシップやOJTを「もっとも費用対効果の高い非公式な育成手法のひとつ」だと語ります。
日々の1on1。
後輩への声かけ。
小さな挑戦を任せてみること。
会議で意見を拾うこと。
そうした日常の関わりの中にも、リーダーシップを育てる機会はたくさんあります。
「人に奉仕すること」「他者がリードできる場をつくること」から始まるリーダーシップもある。
そう考えると、今日からできることは、意外と多いのかもしれません。
現場メンバーへの育成は、まだ始まったばかり
これまでリーダーシップ開発の中心は、「部長」「マネージャー」「経営層」といった、組織の上位層でした。実際、調査でもそれらの層向けの育成は「5年以上前から実施している」という組織が多数派でした。
一方で、現場メンバー向けの育成については、約31%の組織が「導入して3年未満」と回答しています。つまり、多くの企業にとって、メンバーへのリーダーシップ育成はまだ“これから”のテーマなのです。
では、なぜ今そこに注目が集まっているのでしょうか。
世界的なリーダーシップ研究機関である Center for Creative Leadership は、個人貢献者について次のように述べています。
「彼らは、正式な管理職と同じくらい、組織の戦略実行において重要な役割を担っている。しかし、自分の意見を発信したり、周囲に影響を与えたりする準備ができていないことが多い」
専門性や経験はある。
でも、それを組織全体の力に変える“影響力”のスキルが不足している。
だからこそ、メンバーに対しても、コミュニケーション・意思決定・巻き込み力・チームリーダーシップといったスキル開発が必要になってきています。
組織が手にする「4つの果実」
では、全社員へのリーダーシップ開発に取り組んだ組織は、実際に何を得ているのでしょうか。調査では、特に次の4つの成果が挙げられていました。
① 組織文化が“自走”し始める
リーダーシップを一部の層だけに閉じ込めていると、文化は「上から与えられるもの」になります。
でも、全員がリーダーシップを持ち始めると、文化は現場から自然に育ち始めます。
「誰かが作る文化」ではなく、「みんなで育てる文化」へ。
その変化は、組織の空気を少しずつ変えていきます。
② リーダーパイプラインが強くなる
組織開発機関の Development Dimensions International は、こう指摘しています。
「サクセッションはボトムから始まる。幹部候補だけを見ていては不十分だ。フロントラインやエマージングリーダーに目を向けなければ、最も優秀な人材を失ってしまう。」(意訳)
実際、将来のリーダー候補は、組織の“上”よりも“現場”にたくさんいます。だからこそ、早い段階からリーダーシップを育てることが、組織の未来を支えることにつながっていきます。
③ パフォーマンスが向上する
調査では、リーダーシップ開発を受けた社員の3人に2人以上が、「仕事のパフォーマンスが向上した」と回答しています。
これは単に「管理能力が上がった」という話ではありません。
自分で考え、周囲と協力し、主体的に動けるようになることで、日々の仕事そのものが変わっていく。
そんな変化が起きているのです。
④ 自信と生産性が高まる
「自信がついた」
「仕事に前向きになれた」
「生産性が上がった」
そんな声も多く報告されています。
ある回答者は、こんな言葉を残しています。
「従業員が適切に扱われることで、人は高いパフォーマンスを発揮できる。リーダーシップとは、結局“人をどう扱うか”に尽きる。」(意訳)
この言葉には、データだけでは見えない、“働く人”へのまなざしが込められているように感じます。
今、もっとも求められているスキルは何か
経営層に「全社員が持つべきリーダーシップスキル」を尋ねたところ、もっとも多く挙がったのは次の2つでした。
- コミュニケーションスキル(93%)
- 意思決定スキル(84%)
そして興味深いのは、社員側が「学びたい」と考えているスキルも、まったく同じだったことです。
組織が育てたいものと、個人が身につけたいものが一致している。だからこそ、この領域への投資は、非常に大きな意味を持ちます。
さらに、専門家たちが強調しているのが「チェンジマネジメント」のスキルです。AIをはじめとしたテクノロジーの進化によって、「自分の仕事はどう変わるのだろう」という不安を抱える人は増えています。
変化に適応すること。
変化の中でも、自分を見失わないこと。
周囲と支え合いながら前に進むこと。
そうした力が、これからの時代にはますます重要になっていきます。
「一つの仕事人生の中で、何度も変化を経験すると、人は燃え尽きやすくなる。だからこそ、このスキルが必要なのだ」という声は、現代の働く現場のリアルを映しています。
AIは「教材作成ツール」から「育成の基盤」へ
最後に、AIについても触れておきたいと思います。
調査では、57%の組織がリーダーシップ研修のコンテンツ作成にAIを活用しており、41%がシナリオベース学習にも取り入れていました。
ただ、現時点ではまだ、多くの企業にとってAIは「効率化ツール」の域を出ていません。
一方で、先進的な組織では、AIを“育成戦略の基盤”として捉え始めています。
たとえば、
- 一人ひとりの成長ニーズの可視化
- 行動変容のサポート
- コーチやL&D担当者への示唆提供
など、大規模かつパーソナライズされた育成を支える存在として、AIを位置づけているのです。
ただし、AI活用で本当に大切なのは、「何ができるか」より先に、「自社は何を育てたいのか」を問い直すこと。
目的のないAI活用は、結局ただの“便利ツール”で終わってしまいます。
まとめ:あなたの組織の「リーダー育成」は、誰のためにある?
「リーダー育成は、リーダーだけのもの」
もし、そんな前提を少し手放してみたら、組織の景色は変わっていくかもしれません。
全社員がリーダーシップを持つ組織は、変化に強い。
文化が途切れない。
未来の担い手が育ち続ける。
そして何より、一人ひとりが「自分の仕事には意味がある」と感じやすくなる。
現場の社員が、「それは自分には関係ない」と感じながら、管理職だけが学び続けている組織。
そしてその一方で、「もっと貢献したい」「もっと良くしたい」と思っている個人貢献者が、学ぶ機会を持てていない組織。
どちらが、これからの時代に強い組織になっていくのか。
その答えは、きっと明らかです。
リーダー育成を、一部の人だけのものにしない。
その小さな方針転換が、組織の未来を大きく変えていくのかもしれません。
※参考文献:ATD Research「Leadership Development: Cultivating Critical Skills for Employees at All Levels」(2026年4月)
調査対象:人材開発担当者214名、C-suiteエグゼクティブ(経営層)104名、ビジネスパーソン1,035名


